箸について

 割箸は「ハレ」(非日常)と「ケ」(日常)の兼用の箸です。 
箸を二本に割るという行為は、これから食事を始めることを意味し、一つの生活の流れに精神的なけじめをつける方法として、有効な行為であるのです。 

木や竹の割裂性を利用した便利さと清潔さや外見の美しさは、日本人の美意識と価値観を反映しています。 

割箸の名前は木材を木の目に沿ってナタで縦に割って作られたことに由来します。 
因みに割箸の箸袋に「おてもと」と描いてあることがありますが、これは江戸時代から使われていて、方言ではなく昔からあった箸の別称と言われています。 
「手もとに置く箸」という意味の「お手元」が省略されたという説もあり、また祭りなどのハレの食事に使うものには、物の両端を意味する事から「お箸」を嫌って。「お手許」と呼ぶようになったという説もあります。 

 

箸の歴史

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 箸そのものは七世紀の初め、聖徳太子の時代に「箸食制度」が取り入れられました。
ここから、日本で食事に箸を使う風習が始まりました。八世紀の初め、奈良の平城京で箸食は広がり、「手食」から「箸食」へと変化したとされています。 

割箸は江戸時代の後期に鰻屋で初めて使用されたと伝えられています。当時は竹製で「引裂箸(ひきさけばし)」と呼ばれるものでした。現在のような形の割箸が作られるようになったのは、明治時代の初めで、奈良県吉野の寺子屋教師であった島本忠雄氏が、吉野材の端材で作りました。吉野杉で作る酒樽の材料の端材が捨てられるのを惜しんで考案されたものです。現在では吉野杉の用途は建築材に変わりましたが、割箸は原木から建築材を製材した残りの端材や間伐材を使用し、作らています。 

 

日本人と箸

 箸は二本一組で「一膳(いちぜん)」と数えます。 

昭和のはじめ頃まで一人一人の前にお膳を置いて食べていました。一膳二膳と数えるのはここから来ています。 

「膳」は月(にくづき)を持つことから「道具」という無機質なものを呼ぶ単位でなく、体の器官や、それに近い機能を果たすモノを数える単位であるといえます。 

月(にくづき)・・・体の器官(脳・肺・腰・胸など)を表すのに用いられます。 

また生後100日に行う「お食い初め」の際に箸を使用し、故人の火葬後骨上げの際にも箸を使用し、この世からあの世に橋渡しをします。 


このように日本人の一生涯に箸は深く密接しているといえます。